プロフィール詳細

プロフィールページで紹介しきれなかった部分、更に深く掘り下げてお話ししています。

長文ですが、お時間ある方はどうぞご覧ください。

幼少~小学校時代

逆子で生まれた影響で、首が少し傾き、右肩が上がっているという特徴があります。

小中学校時代は、外見が少し周囲と異なっていることでイジメに遭っていました。

そのため、小さい頃からとてもネガティブで内向的な性格でした。

というような側面もあれば、仲の良い友人が出来るとふざけて調子に乗り、

周囲の大人を困らせてしまういたずらっ子の側面もありました。

学校では勉強は全くできず運動もダメで、小学校5年生の成績表はA、B、Cの3段階評価で

一番悪いオールCを取っていました。

先生に怒られてばかり、女の子にもバカにされ、学校や先生が大嫌いでした。

もちろん、集団行動も大嫌いでした。音楽など、無理やり歌わせるような音楽教師なんか特に嫌いでした。

ちなみに集団行動や義務教育の学校は今でも嫌いですが、変えるつもりは全くありません!

中学校、高校、大学時代、社会人
中学時代までは勉強も運動も全くダメのドラえもんのノビタ君みたいな存在でした。

中学校2年生の時、集団シカトをされ、自分の人生をもう終わらせようと思っていました。

高校受験前に、このままではダメだ、見返してやると思い、勉強を真面目にやりはじめました。

その結果、何とか偏差値55の普通の高校に入学でき、平穏無事な学校生活を送ることができました。

高校3年生の時、物理教師の恩師と出会い、個別に勉強を指導してもらい、めきめきと学力が伸びていきました。

いつの間にか目標を「国立理系大学に合格する」と掲げていました。

ところが大学受験に失敗し、一年間の浪人を決めました。そんな当時、8学年年上の26歳だった兄が自殺しました。

アルコール依存症とうつ病の薬も原因の1つだったのではないかと思います。

それ以外にも私自身が兄を苦しめたのではないかと思って、ずっと悩んでいました。

両親が号泣する姿をこの時初めて見て

『私が両親を幸せにしてやる!』

『私が絶対に自殺した兄の分まで成功してやる!』

と、当時は強く思うようになっていました。

両親を幸せにするためにも、自分が兄の分まで成功するためにも、1日に16時間以上必死で受験勉強しました。

努力が実り、当時私の高校から実績のない国立理系大学に入学できました。

入学できたのはまぐれかもしれないと思って、入学後も勉強に励みました。

両親は小さな肉屋を経営していたのですが、近所に安売りスーパーがいくつかでき、客足は遠のき、

売上が激減していました。

その為、両親に経済的な負担をかけたくないという一心で、勉学や研究に励み、授業料を全額免除してもらい、

卒業時には総代になることができました。

運良く大手電機メーカーの推薦枠を取得、世間一般でいう一流企業に入社することが出来ました。

ここまでの話は、別に私がエリート街道を歩んできたということを自慢したくて書いているわけではありません。

これからの時代、いや、もう既にそんな経歴があっても、仕事ができるできないとは無関係です。

今まで学んだ勉強は無駄ではないと思っていますが、現時点で数学の難解な問題もほとんど解けないですし、

ただ単に私の人生の経緯を淡々と書いているに過ぎません。

兄が亡くなってから頑張っていたのはなぜなのか!が分かったのは実は独立して1年以上経過した

サーニアンのエネルギーに触れてからなのですが、それはまた別途ブログ記事にして紹介します。

社会人~35歳前半
エンジニアとして入社したのですが、周囲は東大、早稲田、慶応などのエリート集団で、

仕事の話にも全くついていけず、うつ病のようになりかけていました。

大企業ならではの鬱病もたくさん見てきました。

優秀な先輩や同僚が精神的に病んでいく姿を見て、人間関係で疲れ果てていました。

入社数年後、健康食品のMLM(マルチレベルマーケティング)にはまって大失敗したり、

その後会社退職して実家の店を手伝い、数年間ブランク後に転職した会社でも、

上司や同僚とうまくいかず、そんな状態が続いていました。

両親を幸せにすると偉そうなことを思いながらも、何をやっているか見失ったり、

どうしたらこの湧き出てくるマイナス感情を何とかできるんだろう?そんなことばかり考えていました。

何とか自分の人生を良い方向に変化させたいと、25歳~35歳くらいまでは、

ナポレオンヒルプログラム、アファメーション、マーフィー、過去生、

ヘミシンクなどのスピリチュアル、瞑想、言霊、掃除、断捨離、宝地図、宝地図ムービー、

引き寄せの法則、心理学、と様々な自己啓発モノやセミナーに手を出していました。

2008年7月頃、自分の人生がどうこうよりも、自殺した兄を救済しようとヘミシンクに興味を持って

実践していました。それまで読んでいた精神世界の本では、

「自殺した魂は本来の寿命がやってくるまで真っ暗な空間に閉じ込められたり、反省させられる」

と書いてあるものばかり読んでいて、もしそうだとしたら可哀想だなと思ったのです。

本当かどうかは定かではないと当時は想いながらも、兄を救済したかったのです。

(もちろん、2019年4月現時点ではその感覚はなく、2008年7月その当時の感覚、想いという意味です)

好奇心旺盛な私はヘミシンクに興味を持ちながらも、自殺した兄と再会し、今は何をしているか?

当時何を思っていたかなどを聞きたかったのですが、何かしら気配を感じてしまうと怖くて

ヘッドフォンを外してしまうことがありました。

頭では「兄に会いたい」と思いながらも、

実際の行動は「怖い」と思って途中で投げ出してしまう。

これって一体何なんだろう?と思っていました。

ただ、唯一体外離脱だけは今まで15回以上体験できました。

ヘミシンクを聞いている最中ではなく、自分の意志とは無関係に、

急に意識が肉体から抜けてしまうことが多かったのです。

最初は怖かったのですがだんだん慣れていきました。

それでも、真っ暗なトンネルを物凄い速度で移動して、そこからまばゆい光の世界が見えてくると、

「もうこちらの世界に戻ってこれないのでは?」と思って「怖い!」

と思った瞬間に元の状態に戻ってしまうことがあります。

35歳後半~39歳
2010年1月、初めて結婚を意識し始めたパートナーからもらった雑誌がきっかけで、

「心理的逆転」というキーワードに出会いました。

「心理的逆転」というのは、「頭で思っていること」と「実際の行動」が異なってしまう現象で、

このキーワードに出会ったことで、今までアファメーションや言霊がうまく現実化しないのかもしれないと思って、

勉強していきました。その後、書籍や動画を見て学び、最初は独学で感情解放を行っていました。

この時に初めて「世の中にこんな簡単にネガティブな感情や思考を低減させる方法があるんだ」と思い、

感情解放が毎日の習慣になっていきました。

また、それまで人生の謎でもあった、「心理的逆転」を深く学び、実践を続けることで、

頭では行動したいと思っても、実際の身体が硬直してしまう原因が分かりました。

2013年1月までに、様々なトラウマや心理的逆転を起こしている言葉や信念、

マインドセットを調整していきました。

その結果、徐々にではありますが、行動する自分へと変化するのを実感してきました。

なぜ、なかなか行動できないのか。

行動できないのは、行動できない心理的なブロックがあることが分かりました。

もちろん、何でもそうだというわけではないですが、この時は衝撃的でした。

自分が行動できない原因となる記憶を癒すことで、次第に行動できるようになっていきました。

なかなか言えないことが、言えるようになってきました。

何がストレスだったか、忘れることが増えていきました。

ストレスだと思っていたことを、笑い飛ばせるようになってきました。

自分の内面を癒すプロセスで気づいたのは、自分で自分を大切にすることの大切さです。

自分で自分を認めること。

自分で自分を許すこと。

自分で自分を好きになること。

これが最も大切であると気づいてきました。

もちろん、そうではないという方もいるでしょう。

そのような方は、私の記事を読む必要はありません。

私のプロフィールやブログ記事に共感してくれる人、エネルギーワークやヒーリングに興味ある方に

是非セッションや講座を受講していただけたらと思います。

2013年8月~
個人事業主として独立2013年1月まで約3年間、様々なトラウマや心理的逆転を調整してきました。

心理ブロックである心のゴミを取り除き、そこに出来上がったスペースには、

私にとって必要な人や情報がどんどん現実となって現れ、人生が変わっていきました。

しかし、もう一つ「何か」が足りないなと感じていました。

それは、「新しい願望や目標」です。今まで学んで実践してきた「トラウマと心理的逆転の調整」

以外にもっと強力に、パワフルに潜在意識に自分のなりたい願望や目標を書き換えるメソッドはないものか、

探究してきました。それが、2013年3月に出会った「ワン・コマンド」なのです。

ワン・コマンドを学び、実践を深めることで、現実の変化がより加速していきました。

7月には会社を退職することを決断し、そのタイミングでプラクティショナーを取得しました。

約3年間学び、実践してきた『トラウマと心理的逆転の調整法』は、

今後は「電子コンテンツや講座」という形でリリースしています。

独立してからも色々情報収集していまして、今後も自分をクリアリングしていくでしょう。

独立してからは目に見えないヒーリングやエネルギーワークの世界に移行してきました。

言葉を使ってセッションすることに限界を感じるようになってきたことも理由の一つです。

事実、私自身が独立する前に色々やってきてセラピストとして独立しましたが

エネルギーに触れるようになってからの自分のクリアリング度が半端なく、

何度も何度も有難くって有難くって歓喜に満ち溢れ、号泣し、生きているだけで有難い存在なんだと気づいたのは、

エネルギーに触れてから加速してきたと感じているからです。

個人セッションや講座、コンテンツでは、私が数年かけて気付いてきた、

「私自身がなかなか行動できなかった様々な理由」を凝縮して、公開していきます。

様々な気付きが得られ、少しずつでも行動できるようになるでしょう。

少しずつの行動が、数ヶ月、数年経過していくと、大きな変化になっています。

当たり前の話かと思われるかもしれませんが、世の中を変えるほどの大きな出来事も、

最初の一歩は小さな一歩であったと思います。

数十年かけて得られた大きな変化の最初の一歩も、本屋さんでたまたま手にとった本であったり、

友人や滅多に話さないような人から聞いた情報かもしれません。

その「小さな一歩」を「少しずつ」積み重ねていけるようにという意味合いを込めて、

屋号を「POCO A POCO」と名づけました。

スペイン語で「少しずつ」という意味です。この名前にしたのにも私にとってとても大きな意味があります。

その意味に関しては、こちらの記事を参考にしてみて下さい。

潜在意識を書き換えたからといって、いきなり劇的に変わることはないかもしれません。

それはそうです。今まで生きてきた35年間かけて今までの人生が出来てきたのですから、

1日やそこらでは、劇的に変わらないかもしれません。

それでも、少しずつでも潜在意識に働きかけていけば、1か月、半年、1年経過するごとに、

必ず変わるということが分かりました。

今までに学んできたものだけに執着もせず、良いと思ったものは積極的に受け入れ、今後も色々なものを学び、

特に自分が体験することで成長、進化していきます。

と、書いておきながらも、時には家族や友人と過ごす時間を大切にしたり、

のんびり過ごす時間も同時並行で大切にしていきます。

また、私の人生の方向性と重ねる部分があり、共感できるものがお互いあるのでしたら

コラボでセミナーや講座を開催したり、コンテンツを作り上げたり、対談音声や動画を収録したりすることで、

お互いの紹介にもなると考えています。

個人セッションやコラボなど、興味関心ある方は必ずHP、ブログはもちろんですがYouTubeで公開している

動画などもご覧ください。相性が合うかどうかの判断材料になると思います。

セラピストだけに限定せず、ジャンルには全くこだわりませんので、お気軽にご連絡下さい!

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます<m(__)m>