【伝説の合宿】合宿2日目 発表

本記事は2013年11月15日(金)アメブロから転記、加筆修正

「ビジネスの成功を引き寄せる!ワン・コマンド成功法則」

西東京市のワン・コマンド プラクティショナー 齊藤秀行です。

 

今回は、「伝説の合宿2日目で行われた発表」についてです。

初日の最後は、社会人以降の人生で一番辛かった時のことを一つ思い出して、

「ある書き方」に沿ってひたすら書くワークを行いました。

 

この内容を元に発表のテーマを決めて2日目に整理したのですが、

初日に書いた内容と変わっていくのには自分でも驚きました。

一体どのように変わったのでしょうか???

 

初日の内容から含めて私の人生で一番辛かった体験を

書いてみようと思います。長文になりそうです^^;

 

なぜこれを書いてみようと思ったのかと言いますと、

セミナー中は時間の関係で発表に向けて完全に消化できなかったところもあり、

もう一度頭の中を整理してみたかったのですね。

 

この内容を読むことで、中にはそんなことわざわざネット上で

公開する必要ないんじゃない?とか、

この人は自分の一番辛い人生を公開することで可哀想な人だとか、

憐れんで欲しいと思っているのかな、とか

これからの人生多くの人に役に立つ人になるんだろうな、とか

自分よりも弱い人を洗脳しようとでも思ってるのかな、とか

一生懸命人生を生きていることを見てもらいたくて、認めてもらいたいのかな、とか

色々と読む方の背景や想いによって、捉え方が異なるかもしれません。

それはそれでいいのです。

 

また、これを公開することによって、過去の自分と同じような

境遇を過ごしてきて、ほんの少しでも前に進もうと思っている方への

勇気となればそれでいいかなと思っています。

 

11/15(金)現在では、感情的な揺れ動きは

ほとんどないような状態で書いています。

 

社会人になってから、私が一番辛かったのは、

11/9(土)17時頃の時点では、30~32歳頃でした。

 

私は理工系の大学を卒業してから8年間、2年間のブランクはあったものの、

半導体の技術開発と生産技術の仕事をしていました。

 

30歳の時に中途で中堅の半導体製造工場に入社して、

やっぱり自分には技術系の仕事は合わないのかな、と思いはじめていました。

それで、やっぱりその当時はそう思っていた通り、技術職を上司からダメ出しされて、

製造職に異動を命じられました。

 

今思い返してみると、これこそ引き寄せの法則だと思います。

当時はその通りになっているのですから。

異動が決定するまでの当時は結構辛かったんですね。

 

何が辛かったかというと、上司から色々言われたりしたというのもあったのですが、

国立理系大卒なのに(しかも総代で)エンジニアから

オペレーターということもショックでした。

 

つまり、プライドが物凄く高かったわけです。

出来もしない、向きもしない仕事をやっていて、

でも、プライドにしがみついていました。

だから余計にきつかったんです。

 

そして、大卒は大卒としての仕事内容を全うしないといけない、

というような信念もあったのでしょう。

 

ここで、話は過去の浪人時代までに遡ります。

なぜここの話をするかと言いますと、以前の私は人生で一番最悪だった、

悲しくて辛い出来事がこの時代だったので、あえて冷静にこの状況を思い出せて

書けるかどうか、自分を試しているのでもあります。

 

 

私は高校卒業してすぐに8才上の兄を自殺で亡くしています。

その当時、両親はお肉屋さんを経営していました。

警察からかかってきた電話を母親がとり、段々と声が震えてきているので、

何かあったというのにはすぐに分かりました。

 

急いでお店を閉めて家族と親戚の叔母と4人で警察に確認しに行きました。

親戚の叔母が本人であることに間違いないことを確認してくれました。

その叔母の声を聞いて、両親が号泣しだしました。

帰宅してもずっと号泣している姿に私は耐えられなかったので、

一人で2階に上がって黙々と勉強を始めました。

何かを一生懸命していないと、崩れてしまいそうな自分がいたからです。

 

親戚の叔母からは、秀ちゃんが一番冷静ね、と言われていました。

でも、自分自身を癒してから分かったのは、両親がパニックだったので、

自分も両親の感情と同化してしまわないように冷静だったのです。

 

冷静であり続けるために、感情が同化しないように、

一生懸命勉強していたんだと、後になってようやく分かりました。

 

でも、この当時はそんなことを考える余裕もなく、

ただひたすら勉強をするようになりました。

 

皮肉なことに、偏差値が劇的に上昇したのも、兄が亡くなってからでした。

 

私は高校の学力は中レベルだったため、

勉強しないと国立理系なんていけないような学校でした。

 

一生懸命、本当にがむしゃらに頑張って、

ようやく、高校で実績がなかったような国立大学に入学できました。

 

両親も泣いて喜んでくれました。

ですので、入学してからも、受験の延長のように頑張っていました。

 

でも、理系に進んだわりにはハッキリいって、

実験とか物理や化学の勉強はチンプンカンプンでした。

 

普通の人よりも勉強に目覚めたのがかなり遅かったので、

面積とか体積とかの区別がようやく分かったのも、

もしかしたら大学に入ってからかもしれません^^;

 

大学では入学すると安心する同級生も多いのか、

ちょっと勉強しただけで成績がすぐ上位になりました。

 

就職の推薦も、あっさりと大手電機メーカーに決まりました。

受かるとも思ってなかった会社に受かったからか、

入社してからは「無敵状態」のように調子に乗りまくっていました^^;

 

同期の仲間は東大、早稲田、慶応など、

優秀な同期ばかりで、その対極に私はいたように思います。

 

周囲が優秀な同僚ばかりな場を調節するかのように、

私はバカばっかりしていました。そんな自分を演じていたのでしょう。

 

そんな環境の中で、私は先輩に恵まれて私を一生懸命

何度も何度も同じ質問しても丁寧に答えてくれ、

少しは成長できたように思います。

 

でも、20代後半、先輩の給料が見えてしまって

ネットワークビジネスにはまりました。

 

ちょうど実家の父親も病気になったタイミングもあり、

ネットワークビジネスで儲けるため、大手電機メーカーを退職しました。

 

周囲からは大反対されていましたが、

ネットワークビジネスの仲間と飲んで騒いでここでも無敵状態な自分がいました。

まさに、地に足がついていないような状態でした(;・∀・)

 

最初に会社を退職して半年で失敗し、

実家に帰ってまた一からやり直すことにしました。

 

約2年間のブランクを経てやっと入った会社では、

また半導体製造工場の中堅会社に転職しました。

 

理系には向いていないと分かっておきながら、

一度経験した仕事と同じようなことをしてしまうんですね。

違うことをするのが怖かったのでしょう。

 

ここで2年間かけて、そこで知り合った上司からも技術には向いていない、

と言われて、自分でも分かっていたんだと思います。

そして、うまくいかないのは、スピリットからのメッセージだったのでしょう。

「今の仕事内容は違っているよ」

とメッセージを送ってくれていたように思います。

 

それから製造オペレーターになってから周囲にバカにされながらも、

自分もバカを演じながらも、色々なものを捨てることを始めていきました。

 

最初は「掃除関係」の本をたくさん読んで、

大学時代からとっておいた過去の栄光をたくさん捨てました。

兄の遺品も10年経ったので捨てていきました。どんどん身軽になっていきました。

色々なものを捨てる中で、プライドも小さくなっていったようです。

 

仕事も単純作業ではありますが、一生懸命やっている

姿が評価されるようになっていきました。

そして、結婚を決めるパートナーと出会いました。35歳の時でした。

結婚すると決めた時くらいから不安になっていきました。

 

こんなネガティブな性格で結婚生活やっていけるのか。

それがきっかけで、心理的逆転やトラウマの調整ワークに出会います。

自分の内面を探究していく中で、分かったのは、

 

自分は理系には向いていなかったのは、

実は小学校に入るくらい前の「あるトラウマ」が原因だったことが分かったのです。

 

これを知ることで、理系にはやっぱり向いてなかったんだ。と腑に落ちました。

このトラウマも、公開すると、それって別にトラウマじゃないんじゃないの?

という人もいるかもしれません。

 

でも、大事なことは、私自身がトラウマだったんだ、と腑に落ちたことが大切なのです。

私の人生は私の人生ですので、他人の人生ではありません。

 

ですので、本人が納得するかどうか、ここがトラウマ探しの作業では大事なんです。

で、そのトラウマというのが、小学校に入るくらいの時に

ゲームウオッチというのが流行ったんですね。

 

夢中になってゲームしていたのですが、好奇心旺盛な私は、

その中身がどうなっているのか、知りたくてたまらなかったのです。

 

中身を分解してみました。

すると真っ黒な磁石みたいなものがたくさん張り付いている基盤が出てきました。

周囲の人に聞いて、半導体だということが分かり、理系に進むことで

技術や研究の仕事もできるということが分かってきました。

 

 

それで、小さい時から興味があった分野へ進もうとしました。

 

ところが・・・・

 

実際はですね、確かに中身の半導体には興味はありました。

でも、分解したのはいいのですが、元に戻せなくなってしまったんですね^^;

はい、ここがトラウマだったのです!!

 

よくよく考えてみると、電機メーカーに入社して現場の装置を借りて

実験する時などに、よく装置をぶっ壊してしまって

会社の人に迷惑かけっぱなしだったのです。

 

齊藤君に装置貸すのはいいけど、壊さないでね^^

などとよく言われたものです。

 

そうなんです。私は装置やメカを壊すのが得意だったのです^^;

 

確かに半導体の中身には興味はあったので、

大学時代に学んだ量子力学や半導体デバイスなどには興味はありました。

 

でも、狭く深く学ぶよりは、広く浅く学ぶほうが好きなようで、

おそらく、飽きっぽい性格もあるのでしょう。

あったのでしょう。としておこうかな^^;

で、今回2日目に発表したテーマというのが

 

「なぜ、理系でエンジニア出身の私が癒し系の仕事をしようとしたのか」

というテーマで、約5分ほど発表しました。

 

ここまで至る経緯なんですが、社会人になってから辛かったのが

あれだけ頑張って国立理系大学に入って一流企業と呼ばれる会社に入社し、

一度は路線を外れるものの、まだ同じ仕事しようとして、そこであえなく撃沈。

 

それは、違うことやりなさいよ!

 

というまでの至る経緯に気づくまでエライ時間がかかったのですね。

でも、間違って進んでいたとテーマではしていますが、間違っているとは思ってなくて、

理系の道に進んだことで、おそらく分かり易く説明する能力が自然と身に付いたと思うし、

ある程度パソコンできるようになったのも、理系の道を歩んでいたからでしょう。

 

でも、そんな中で頑張って無理して道を進んでいると、違うよ、

って色々と人間関係がギクシャクしてきます。

 

そんな時、私のように色々経験してきたことを聞いたり、

トラウマや心理的逆転といったうまくいかない原因を癒したり、

私の経験が役に立てるのであれば、こんな嬉しいことはないです。

ということが言いたくて長々と書いてみました。

 

やはりここまで書いても普通に感情的に大きく変化してこないことも確認できたので、

あ、やっぱりもう大丈夫なんだなというのがよく分かりました。

 

伝説の合宿2日目での発表までに過去の記憶が蘇ってはきましたが、

発表直前までに流れや場が大きく変わって私は非常に楽しく発表できるようになりました。

ここまで自己開示できるようになったこの合宿ってやっぱりすごいと思います。

もっと細かく書こうと思えばかけるのですが、

 

それは、出版に向けて、セミナーに向けて

情報発信することにとっておこうと思います(^^)/

 

そして、今回自己開示がやはり大切だということを改めて分かりまして、

それがやがてお金に結び付く、ということも分かってきました。

 

伝説の合宿のタイトルの中で、

 

自己開示がお金に結び付く?

それはなんで?

 

と、分かっている方も、分からない方もいるかと思います。

 

次回の記事で、自己開示がお金に結び付くということを、

陰陽五行の関係から、私なりの見解を書いてみたいと思います。

 

次回は、「自己開示と陰陽五行の関係性」についての内容を書きます。

超長文におつきあいいただきまして、ありがとうございました<m(__)m>

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